Web英語青年

Web英語青年ブログ

  • 最新配信
  • RSS

最新エントリー

ハムレットの解釈

カテゴリ : 
くもの上 (読者からの投稿)
執筆 : 
Tom Gally  投稿日 2009-12-2 20:30
読者から次のような投稿をいただいた。私はじっくり考えてから返事を差し上げよう思うが、読者の皆さんでコメントなどがありましたら、 kotobanokumo■■kenkyusha.co.jp へメールをください。(「■■」を「@」に換えてください。)
「ハムレット」の日本語訳でかねて疑問を感じている個所があります。三幕一場の、有名なハムレットの第三独白冒頭の To be, or not to be: that is the question: に続く部分です。ここで
Whether 'tis nobler in the mind to suffer
The slings and arrows of outrageous fortune,
Or to take arms against a sea of troubles,
And by opposing end them.
が To be, or not to be の敷衍であることは、まず間違いないでしょうが、そうだとすると「〜と〜のどちらが立派か」式の従来の訳は理屈に合いません。なぜなら、台詞を素直に読む限り,「生きてこの世にとどまるべきか、それともこの世から消えてしまうべきか」という問題は、「暴虐な運命の矢弾をじっと耐え忍ぶのと、寄せ来る苦難に敢然と立ち向かい、闘ってそれに終止符を打つのと、どちらが立派か」という問題とは全く別問題だからです。消極的、受動的にただ運命に耐えるのも、積極果敢に困難と闘うのも、いずれも人間の生き方であって、二つの生き方のどちらがより立派かというのは、生と死のどちらを選ぶべきかとは別の問題です。
                
このようにコンテキストから考えるとすっきりしない従来の日本語訳ですが、これが通ってきた理由も見当がつきます。独白の最初にA or B とあり、続くWhether 節にもA’ or B’ と同じ形が繰り返されるのですから、Aと A’、BとB’ がそれぞれ対応していると考えるのはごく自然であり, Whether 節の訳の内容も、文脈に目をつぶってこれだけを取り出して考えれば、ハムレットの置かれた状況とぴったりだからです。とは言え、「寄せ来る苦難に敢然と立ち向かい、闘ってそれに終止符を打つこと」が「この世から消えてしまうこと」のパラフレーズだと言われると、首を傾げてしまいます。not to be に対応する言い替えはWhether 節の中には無く、直後のTo die であり、それも苦難との果敢な闘いの後に来る死といった、能動的な意志を暗示するものではない、と考える方が常識的でしょう。十数行先の、この世から逃れるために短剣の一突きで自らの命を絶つといった逃避的な死と考える方が違和感がありません。

ではどう解釈すれば冒頭部分のつじつまが合うかということになりますが、Whether 節の文法的構文のとらえ方をこれまでと大きく変えて、it は to suffer~ or to take ~ を指す形式主語と取り、内容が対照的な二つの不定詞はTo be を具体的に言い替えて説明している、と考えてみてはどうでしょうか。Whether to be is nobler (than not to be )、すなわち「この世にとどまって、暴虐な運命を耐え忍ぶことが、あるいは寄せ来る苦難と闘いそれに終止符を打つことが、命を絶ってこの世から消えてしまうことよりも、はたして立派だろうか」という解釈です。これでTo be, or not to be: that is the question: とWhether 節との続き具合は、パラフレーズとしてより常識的に納得のいくものになると思います。

熱がなかなか下がらない

カテゴリ : 
くも本 (面白い絶版書の紹介)
執筆 : 
Tom Gally  投稿日 2009-11-30 21:50
今年4月にこのブログを始めたとき、くも本の紹介が大きなウェートを持つことになろうとは思わなかった。しかしその後、オンラインで無料で読める本の数と多様性に圧倒されてきた。今は毎日、時には一日に数回、Internet Archive 上の American Libraries コレクションに追加された本のリストをチェックする。そして毎日、時には一日に数回、面白い本が見つかる。今回は、特にテーマを設定しないで、見つけた本をいくつか紹介する。

私は子供の時に World Almanac and Book of Facts という年鑑を愛読していた。内容はスポーツの記録から歴代米大統領のプロフィールまで多岐に渡っている。(日本の『現代用語の基礎知識』などは内容が違うが同じような面白さがある。)大人になってからもほぼ毎年 World Almanac を購入していたが、2005年版以降は買っていない。

World Almanac を思い出したのは、今いる東京・御徒町の喫茶店で仕事をしながらやはり Internet Archive に新着本のリストをチェックしたら、The American Almanac and Repository of Useful Knowledge for the Year 1848 という年鑑が載っていたからだ。この1848年版のGoogle によるスキャンはお粗末だったが、1836年版は綺麗に読める。日蝕と月蝕の予測からフランスの貧困統計まで、様々な情報が載っている。当時代のアメリカ文学や歴史を研究する人、または単なる雑学が好きな人にとっては、読み応えのある本だ。(Internet Library の新着リストでGoogleの杜撰スキャンを無表示にするためにこのリンクを使ってください。)

次の本を見つけたのがいつだったか覚えていないが、この間、京都へ出張に行ったときに新幹線内でも無事にネットにアクセスできたので、もしかしてその時だったかも知れない。タイトルは Murray and Co.'s Book of Information for Railway Travellers and Railway Officials Illustrated with Anecdotes, etc (1865年)。これは鉄道の雑学本で、Illegality of commencing a journey by Railway without previously obtaining a ticket (切符未購入での乗車の違法性)から Railway Phrases (鉄道の語彙集)までがある。 Illegality of commencing ... のところでは、次のように書いている。
Any passenger not producing or deliverying up his ticket as aforesaid, will be required to pay the fare from the most distant place whence any part of the train originally started....
すなわち、乗車券を呈示しない人からは、全区間の料金を請求できる、とある。現在の日本でも、同じ規則を持つ鉄道会社があるかと思うが、不正乗車したことがまだないので、詳しいことはわからない。

まったく別種の本だが、1908年の Early Woodcut Initials は印象深い。次は「哲学者のアルファベット」。

最後に、 Workers of the Nation第1巻第2巻(1903年)を紹介する。これは、20世紀初期の様々な職業を説明する、社会史の研究にも貴重な本だ。次の写真は、Buildings, Bridges, and Building Trades の章に出ている。
こうした本を喫茶店でも電車内でも自由に見つけて読めることを考えると、私のくも本熱はこれからも冷めることがないと思う。


ミシシッピの雑想

カテゴリ : 
くも本 (面白い絶版書の紹介)
執筆 : 
Tom Gally  投稿日 2009-11-24 21:40
『Web英語青年』11月号では新田啓子氏が『ハックルベリー・フィンの冒険』について鋭く論じる。マーク・トウェインのその小説は何度も読み返すに値するが、私は初めて読もうとしたときに途中でやめた。11, 12歳ごろだったと思う。その時に『トム・ソーヤーの冒険』を愛読していたので、その続編である『ハック』からも同じ快楽を求めたが見出せなかった。高校で、そして大人になってからまた読んだら、その奥深さがやっと分かった。

ヘミングウェイが "All modern American literature comes from one book by Mark Twain called Huckleberry Finn." と書いたのは1935年の『アフリカの緑の丘』の中だった。その当時の「現代アメリカ文学」には、『ハックルベリー・フィン』の影響が、ヘミングウェイ自身の小説だけではなく、他の作家の作品にも多少見られていたと思う。しかし、20世紀が進むとその影が薄くなり、 John Updike, Ann Beattie, Thomas Pynchon などの作品も『ハック』から来たとは言いがたい。

いずれにせよ、『ハックルベリー・フィン』からヒントを得て、くも本を探してみた。小説そのものは、テキストも画像も、いろいろなバージョンでウェブ上に存在する。初版が出た1885年にはトウェインがすでに有名な作家だったので、出版社はお金を掛けて凝ったイラストを多数掲載した。

その後の版には、別の人が描いたイラストがある。次は 1896年

1904年版には女装のハックもある。

『ハックルベリー・フィン』やトウェインの Life on the Mississippi からミシシッピ川に愛着を感じる人が多い。私もそうだが、その川を実際に見たのは、7歳と19歳の二回、車で横断している数分間のみだ。

19世紀のミシシッピ川については、ウェブ上の本で絵や写真をいろいろ見ることができる。The River Mississippi from St. Paul to New Orleans, Illustrated and Described with Views and Descriptions of Cities Connected with Its Trade and Commerce, and Other Places and Objects of Interest in the Valley of the Mississippi with 30 River Charts and 40 Engravings という長いタイトルの本(1859年)には、『ハックルベリー・フィン』を連想させるイラストがある。

Four Months in a Sneak-Box(1879年)は、オハイオ川やミシシッピ川を小船で下った人の記録だ。(ちなみに、sneak-box は「《米》 忍猟船《小木・雑草などで偽装した水鳥[カモ]猟用の平底の小船》.」(『新英和大辞典』)だそうだ。私には初耳の言葉。)

『ハックルベリー・フィン』の第15章は、次のように始まる。
We judged that three nights more would fetch us to Cairo, at the bottom of Illinois, where the Ohio River comes in, and that was what we was after. We would sell the raft and get on a steamboat and go way up the Ohio amongst the free States, and then be out of trouble.
ここで書いたように、この Cairo はエジプトの Cairo ではなくイリノイ州の最南端にある都市。(『新英和大辞典』などが指摘するように、イリノイの Cairo はエジプトの Cairo と発音が違う。サウス・ダコタ州の州都 Pierre も人名 Pierre と違う発音をする。地元民ではないかぎり、それを知らないアメリカ人も多いと思う。)ハックとジムは結局 Cairo を通り越して、更に南へ行くことになるので、その後のストーリーが成り立つ。

ハックとジムが見逃した Cairo は、1841年には次の姿を持っていた。

蛇足だが、Mississippi という言葉を聞くと、どうしても "Miss the Mississippi and You" という曲が私の耳に響く。 Emmylou Harrisの見事なライブは YouTube にある。

ジョークの文法(その2)

カテゴリ : 
くもの笑い (ユーモアに関する考察)
執筆 : 
Tom Gally  投稿日 2009-11-4 21:40
5月に、文法ネタのジョークについて少し書いたが、その後、そこで紹介した The Onion というユーモア雑誌に、先日、また文法に由来する風刺記事が出た。

見出しは、"United Airlines Exploring Viability Of Stacking Them Like Cordwood"(ユナイテッド航空は「あいつら」を薪の束のように積み重ねることの可能性を検討している)だ。記事の写真でもわかるように、見出しの Them は乗客を指すが、本文にはその指示対象がどこにも書かれていない。

最初のパラグラフでも、不明な them が使われている。
CHICAGO—In its ongoing effort to cut transportation costs and boost profits, United Airlines announced Tuesday that it was exploring the feasibility of herding them into planes and stacking them like cordwood from floor to ceiling.
この記事の背景には、米国の航空業界での激しい競争とコスト削減によるサービスの低下がある。米国の国内便を使う人は "The airlines treat passengers like 「luggage [freight, cattle, animals]." などのようにサービスの悪さを嘆くことが多いので、"United Airlines Exploring Viability Of Stacking Passengers Like Cordwood" のように stack の目的語を明示しても冗談が通じるが、指示対象を伏せたことで The Onion の作者が「乗客の物品化」に間接的に言及できてユーモアをワンランクアップできたのだ。このワンランクアップは、英語の文法、すなわち「stack のような他動詞を使用するとき、目的語の名詞か代名詞を省略できない」と「代名詞が使われる場合、その指示対象が文脈から明確でなければならない」というルールに依存している。日本語など、目的語や代名詞の省略が可能な言語では、これらのルールをわざと「違反」することができないので、同様なジョークが成り立ちにくい。

ネイティブの限界

カテゴリ : 
くもの舌 (言葉について気が付いたこと、考えたこと)
執筆 : 
Tom Gally  投稿日 2009-10-30 21:10
大学の授業で使っている教材に、次のような文がある。
John Smith is well known for his research that attempts to explain the relationship between gismos and gadgets.(ジョン・スミスは、「何とかいうもの」と「呼び方がわからないやつ」との関係を説明しようとする研究でよく知られている。)
この文を口頭で読み上げたときに何となく ...is well known for his research that... の部分に引っ掛かってしまった。これは不自然と感じたが、どこが不自然か、特定できなかった。最初は ...is known for his research... のほうが普通だと思って、ウェブで検索したが、そうでなないと分かった。グーグルビングでの検索結果は、下記のとおりだ。
"is known for his research" 845,000件(グーグル), 267,000,000件(ビング)
"is well known for his research" 4,000,000件(グーグル),266,000,000件(ビング

グーグルとビングの間で件数がこんなに違うのは、たぶん「件」、即ちウェブページの数え方の違いによるだろう。いずれにしても、実際の用例を見ると、"is known for his research" も "is well known for his research" も立派な文脈で使われているので、両方とも「自然な英語だ」と言わざるをえない。

元の文の「不自然さ」を突き止めるために、今度は research の後の「that節」に着目した。同じサーチエンジンで research on と比較したら、次の結果が出た。
"is well known for his research that"  7件(グーグルとビング)
"is well known for his research on"  2,110,000件(グーグル), 52,500,000件(ビング)
この結果を見ると、不自然さは ...for his research that... に由来すると分かる。"conducted research that" や "reported research that" はグーグルで数十万件があるので「research + that節」という構文は問題ないが、research の前に所有形の名詞を使うと、件数がぐんと減る。これは、多分、his のような所有形が持つ限定性(definiteness)と that節の限定性がバッティングすることから起こっていると思うが、この文法の詳細は分からない。

これで2点を再確認できた。一つは、私の「ネイティブ」としての感覚は万能でないことだ。ある文が変だ思っても、どこが変か、感覚だけで分からないときがある。もう一つは、翻訳の難しさだ。授業で使っている教材には日本語から英訳された部分があって、John Smith is well known for his research that attempts to explain the relationship between gismos and gadgets. というセンテンスもおそらく日本語からの訳だ。この教材では全体的に翻訳の質が第一級だが、英語として少し不自然な言い回しが残っている。翻訳に見えないような翻訳はやはり不可能かも知れない。

▲ページトップに戻る