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私の語学スタイル

第 8 回
“自分”を表現する力

008

Style1
人生を変えた決断

 現在、精神療法を専門とする「泉谷クリニック」の院長をつとめる泉谷閑示先生。大学卒業後から、精神医学の分野で着々とキャリアを積み重ねてきた。ところが、精神科医として働き始めて11年目の秋、一大転機が訪れる。勤務医の仕事をやめ、パリへ留学することを決意したのだ。
どうしてその決断に至ったのだろうか? 「勤務医としての精神科医の仕事に、ある意味疲れを感じていた頃だった」と、先生はその当時を振り返る。自分だからこそできる仕事とは何なのか? 自分の仕事の意味を、改めて見つめ直す時間がほしい。そんなふうにも感じていた。そして、フランス行きの最大の決め手は音楽だった。
 「『留学するなら音大がいい!』 このアイディアがひらめいて、すぐに決めました。小さい頃からピアノをやっていましたし、大学の時は作曲家の先生に弟子入りして、作曲の勉強もしていたんです」
 作曲科の場合は日本の音大の学歴が必要なので、受験資格がなかったのだが、実技で入学できるピアノ科を受けることに決めた。久しぶりにピアノを練習し、受験先のパリ・エコールノルマル音楽院に演奏テープを送付。結果、めでたくOKの返事が。行き詰まりを感じていた日本での生活から離れ、じっくり音楽を学び、憧れだったヨーロッパの文化に浸ることができる――それが本当にうれしかったのだという。
 しかし、その当時フランス語はまったくできなかったと語る。正直言って意外だった。
 「行きの飛行機の中で数字を覚えてたっていう、ひどいレベルでしたね(笑)。実は僕は外国語が苦手なんです、ほんとですよ。でも、苦手だからこそ、いろんな事を考えるようになったという気がします」

 

*心理療法やカウンセリング、精神分析などを包括して、「精神療法」と呼ぶ。

Style2
フランス語モードで考える

 まず強く感じたのは、“フランス語で考え、感じなければ、フランス語はしゃべれない”ということ。
 「フランス語じゃなくても同じことです。僕の田舎は秋田で、秋田弁を使うのですが、秋田弁の価値観になっていないと秋田弁はしゃべれないんですよ。例えば、食事をしていて『わぁ、これおいしい!』っていうときに、秋田弁ではそうは言わないし、訳せない。『おいしいね』っていうストレートな感情表現がないからなんです。言うとすれば、『まあ悪くないな』みたいなちょっと屈折した感じ(笑)。根本発想、感情の動き方からして違うわけです」
 フランス語モードを身につけるには、現地の人たちがよく使う表現に注目するのが大事だという。
 「向こうの人たちって『それは私の責任じゃない!』とか、よく言いますよね(笑)。それから、おもしろいなと感じたのは『サンパティーク(sympathique)』という表現。『これ、いいね!素敵だね!』とか『なかなか粋じゃない?』というような意味で、略して『サンパ、サンパ』などと言うんです。おそらく英語のsympathyと同じ語源だと思うんですが、英語とは全然使い方が違いますよね。こういうのって、訳すにもうまく訳せない、その言語独自のニュアンスがあるんだと思います」

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